時計職人さんに修理してもらった腕時計

 手書きの手紙をもらったのは一体何年ぶりだろう?

 今はタイピングされた文字でしかやり取りをしていない僕にとって、それはメソポタミアの楔形文字級の古代の遺物の様に感じられた。

 どうも。岩崎 “it's time” 忠好です。

 僕はこの4月の終わりに手書きの手紙をもらうというイレギュラーな事案が、予想外のタイミングで(泥酔していたので、より予想外に感じたのか)身に降って来た。

 前に手書きの手紙をもらったのは、10年以上前に他界した、母方の祖父に温泉旅行をプレゼントした時に、決して達筆とは言い難い、崩れた文字(楔形文字よりかは読みやすいが)で書かれた便箋4枚に書かれたお礼の手紙が、最後にもらった手書きの手紙だと思う。

 手書きの手紙をもらう。それは、ラブレターを下駄箱に入てれた世代にとっては既視感を感じるものかもしれないし、LINEやメールで気持ちを伝える世代にとっては、物語の中で描かれているノスタルジーなガジェットなのかもしれない。

 現代の物理学では、「失われた時」は取り戻せないらしい。

 ただ、手書きの文字資料を開いた時、我々の心は「その時」にトリップする。


 男は昔から、メカ、ギア、ゼンマイ、マニュアル等の「歯車」係が好きな生き物だ。

 また、自分だけ、もしくは自分と仲間達だけでひっそり遊べる「秘密基地」を常に開拓しようとする生き物でもある。

 ある夜。僕はいつも通っている秘密基地(近所のbar)に、お気に入りのウィスキーを求めて、下手くそなタップダンサーのステップの様なふらつく足でフラフラと舞い込んだ。昨今のウィスキーブームで普段は静かなbarも、元気な大学生のサークルの様に騒がしい夜もある。

 その夜は事件解決後のベーカー街の様に比較的静かな夜だった。

 カウンターに置かれていた1本のウィスキーのボトルのネック部分に、ネックレスの様にチェーンが巻かれ、チェーンの先端には歯車がアクセサリーの様にぶら下がっているのが僕の目にとまった。

 歯車が好きな生き物にとっては、気になる案件である。猫にとっての、猫じゃらし案件。

 バーテンダーに話を聞くと、日本で最古参の時計職人さんのお弟子さんがお客さん(仮名K)にいて、そのKさんが仕事で時計の修理をした時に出る、使い古された歯車などをアクセサリーの様にリサイクルしているという事らしい。

 ウィスキーは、その液体の味を楽しむだけの飲み物ではなく、原材料の風土や樽の種類、そして製品が完成されるまでの時間を楽しむ飲み物であると思う。同じ銘柄の製品でも、ヴィンテージと現行品では味が違う、なんて事を楽しむ飲み方もある。

 10年の熟成期間なら、その10年の時を感じる楽しみ。時計の歯車を眺めながらウィスキーを楽しむ。

 普通、腕時計を修理に出すと、もう1本時計が買える位の料金を請求されるという。ただ、バーテンダー曰く、秘密基地内でKさんに修理を頼むと、お友達価格で時計を修理してくれるという。

 僕はKさんにお会いした事はない。しかし僕には修理してほしい腕時計があった。それは15年位前に買い、3年前に動かなくなった時計である。

OMEGA シーマスター アプネアマイヨール」。

 当時スキューバダイビングをしていた僕はシーマスターを買う事を計画していた。またリュック・ベッソンの「グランブルー」にかぶれていた僕にとってはジャック・マイヨールの名前が刻印されているとあってはどうしても買わなければならない時計だと感じていた。

 また、オメガには特別の思いがあったのかもしれない。20年位前に他界した、子供達にとても優しかった父方の伯母(父の兄弟姉妹の長女)がオメガをはめていたのを、僕は幼心に覚えていた。父も昔オメガをはめていた時期があった。運命論を信じている訳ではないが、いずれは僕もオメガをはめるだろうと、うっすらとは感じていた。

 僕は動かなくなった時計の修理を、秘密基地のバーテンダーを通してKさんに依頼した。

 数週間後、秘密基地に行くとKさんからの手紙と、動く様になった腕時計がカウンターに置かれた。

 新たに動き始めた時間。10年の熟成期間のウィスキー。

 しばらくKさんからの手紙と、動く様になった時計を眺めながらウィスキーを飲んでいると、オーダーしていない酒が僕の前に出された。

 Kさんが前日来店した時に、僕のために一杯分余計に会計を支払っていてくれたらしい。

 僕はその夜、Kさんのために一杯分余計に会計を支払い帰宅した。

 帰り道の僕の腕にはOMEGA シーマスター アプネアマイヨールがまかれていた。

 その夜から僕の新たな熟成期間 “it's time” が始まったのであれば良いのだが、運命の歯車はちゃんと動いているだろうか? いずれ僕にも誰かに手書きの手紙を書く時がくるかもしれない。

 今夜も秘密基地で心のゼンマイを巻いてこよう。

 もちろん動き始めた腕時計を腕にはめて、it's time

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