季節は何かを間違えているのでしょうか。先週末は、季節を追い越したような眩しい日差しが続いていました。その日、私はひんやりとした地下に潜りました。小石川にある印刷博物館の地下展示室です。本来の目的は、今開催されている『名著誕生展』を鑑賞するつもりだったのですが、展示室入り口に陳列されている楔形文字、ヒエログリフ、甲骨文字などが私の目を奪いました。そこには何千年も前の人間の営みが、テクストとして編み込まれています。それらを現代の言葉に訳すという、とんでもない苦労と時間を要したであろう作業は、気の遠くなるほど「難しい」ものだったはずです。
さて、「難」という文字は本当に難しいでしょうか? 本当に難しいのであれば、「難」という文字そのものが、その難しさを体現していてもよさそうなものです。しかし日本語を母語としている人ならば、誰だってこの文字を読めるし書けるはずです。つまり記号としての「難」は、それほど難しいわけではありません。それでも「難」を難しく思えてしまうのは、その文字に私たちが勝手に貼り付けている概念、つまり〝像(ビルト)〟に惑わされているといえるでしょう。
最近、ある政治家が不気味な笑顔で記者発表を行っていました。アメリカ大統領から、中国外交の帰国途中、エアフォースワンから直接電話がかかってきた――内容は二人の秘密だから言わない――と彼女は誇らしげに語ります。多くの人々は、「アメリカ大統領」や「中国外交」、「エアフォースワン」という権威的な言葉の像にミスリードされ、彼女が何か「難しい」ことを成し遂げたかのような錯覚に陥ります。しかし、その実態はどうでしょうか。権威という虚飾を剥ぎ取ってみれば、会見の中身は驚くほどすっからかんで、そこには語るべき真実など何ひとつ存在しないのかもしれません。
人間は「マグロ」と聞けば、それだけで美味しいものだと思い込んでしまいます。ところがチャーリーは、せっかく買ってきたマグロのお刺身を一舐めして、そのまま食べないときがあります。おそらく鮮度が彼の基準に達していなかったのでしょう。つまりチャーリーはマグロという言葉の持つ像に惑わされずに、その本質的な味を正確に吟味しているということです。
チャーリーなら、今の日本の本質を正確に言い表せるでしょう。しかし私は愚かな人間なので、彼の発する猫語を理解できません。
「チャーリー、本当にヤバくなったら、その時は人間語でその危機を教えてくださいね」
そんな私の問いかけに、彼はただ静かに、その鋭い瞳でこちらを見返すだけでした。あっ、どうも。岩崎(チャーリーの飼い主)です。
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