遠い日の歌 〜ジュンと僕の物語11

はたして、僕にはオタクだった時期があるのだろうか。時折、自問自答する。 

ぱっと見ただけで作画監督を特定し、ちらっと聴いただけで声優を言い当てた。しかし、それは神経衰弱に似た『記憶力頼みのゲーム』に過ぎなかった。 

購読していた月刊誌にしても、ジュンが『アニメージュ』や『アニメディア』だったのに対し、僕は『Cut』と『Newtype』。当時の『Cut』は、近頃ほどアニメに寄っていなかった。欲しかった情報は、映画や洋楽についてのみだった。


もうひとつ、僕は二次創作ができない。完成しているモノを、いじることができない。 

授業中は、少しずつオリジナルの小説を書いていた。クラスメイトのカンダを主人公に据え、大真面目を装ったナンセンスな作風を目指した。

それに興味を示してくれたのが、ミツキだった。ようやく僕にも、級友ができたのだ。


そのまえに、カンダについて。 

彼は、五科目で498点を叩きだす秀才中の秀才である。その偏差値の人間にしか醸し出せないオーラがあって、クラスで浮いた存在だった。

いかにも利口そうな顔立ちで、別次元の発想をする。

僕の小説のなかで、彼は異星人だった。序盤こそ奇異な言動に焦点をあてたものの、僕もまたクラスに馴染めない人種である。

次第に感情移入するようになり、結果的にはメランコリックでセンチメンタルな仕上がりになった。 

第一話のサブタイトルは『ファースト・コンタクト』。最終話は『ファイナル・ランデヴー』。 

最後まで読んでくれたミツキが、泣いた。正直、驚いた。反響が得られて、くすぐったいような、ほくほくするような、初めての感覚に陥る。 


同時期に、僕の投稿が『Newtype』に載った。 

これはもう跳びあがるほどに嬉しくて、掲載誌を持ってA組に駆け込んだ。ジュンに見せると「すごいな」と、褒めてもらえた。実際には半年間、投稿を続けた結果だ。たぶん、編集部が憶えてくれたのだと思う。

それでも、人生で最高に嬉しかった瞬間だ。

勢いづいた僕は、ジュンを演劇部に誘った。

「いいね、俺からも誘おうと思ってた」

やった。その一言に尽きる。やったぞ。


演劇部。そこは、女子率九割の世界。

僕は必死で脚本を書いたが、彼女たちが求めていたのは宝塚風のドラマチックな演目だった。ナンセンスが太刀打ちできるはずもない。

文化祭で上演されるか否か、挙手による多数決になったとき。手をあげてくれたのはふたりだけだった。ジュンと、誰あろう、カンダである。

カンダは、僕が書いた小説を知らない。

ジュンは読んでくれていたので、ちらっと僕を見た。なにか、カンダに対して申し訳ない気持ちになった。


脚本を担当できないとなると、演劇部は居心地の悪い場所だ。人前に出たくないのに、おじさんやおじいさんの役は男が演らなくてはならない。

僕はオタクだったのか。一言でいうと、真逆の『器用貧乏』だ。

ひとつのことで大成できればいいのだが、散漫なのだ。ジュンが「俺が主人公に立候補するから、弟役はおまえがやってくれよ」と言った。オーディションの結果、僕だけ受かってしまった。主人公には、三年生の大柄な女子が選ばれた。

弟役は狂言回しだったので、台詞が膨大だった。


文化祭に向けて、台詞を暗記しながら、出版委員として学校新聞を発行しつつ、合唱のピアノ伴奏までやることになって、目が回りそうだった。

伴奏を引き受けたのには、理由がある。

課題曲のほうは断った。C組の自由曲が『遠い日の歌』だったから、引き受けたのだ。

この曲は、パッヘルベルのカノンを基にしている。カノンにはジュンとの思い出がある。

(第八話『お食事』)


本番で、『器用貧乏』は台詞を失念し、ミスタッチを連発し、散々だった。

舞台上で固まったときの『真っ白』は、身をもって体験しないと解らない。プロンプターのカンダは声を張りあげていた。それは音として聴こえているのに、内容が理解不能になる。あのとき異星人だったのは彼ではなく、僕のほうだ。

小六のお楽しみ会で、ジュンも同じ状況になった。いまや、あのときのジュンを笑えない。

(第九話『おまえってヤツは』)

伴奏のミスタッチについては、責められるだろうと覚悟していた。舞台袖で「すみませんでした」と、C組全員に向けて腰を直角に折った。

誰も、僕を咎めなかった。一軍のタケダが「よくやったよ」と、肩を叩いてくれた。

『遠い日の歌』の力かもしれない。


文化祭は散々だった。だが終わってみて、不思議と爽快感を覚えた。みんなに迷惑をかけたのに、勝手な話だ。

二年生になった僕は、出版委員長に就任した。

しかし、演劇部のほうは辞めた。と、なると、ジュンと過ごせる新たな場が必要だ。計画を練りに練って、ジュンに提案する。

「俺と一緒に、マン研をつくらないか」


僕はオタクだったのだろうか。フリをしていただけなのか。

ただ、全身全霊、一所懸命、精一杯に楽しんだと思う。


酒井です。『遠い日の歌』は合唱曲として定番ですが、ご存知ない方のために貼っておきます。ピアノは実家にしかありませんが、いまでも弾けます。

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