めだまどん突破口 〜ジュンと僕の物語12

サル、ゴリラ、チンパンジー。

運動会の入場行進曲は、定番の『クワイ河マーチ』だった。全校合同のリハーサル中、僕はC組を抜け出して、A組に紛れ込んだ。そして定番の替え歌である「サル、ゴリラ、チンパンジー」を頭のなかで歌っていた。

隣のジュンは、声を出して歌う。

「ハム、サラミ、ソーセージ」

霊長類ではなく加工肉。まさかの発想だった。

「なにそれ」

「美味そうだろ」

あれはジュンのオリジナルだったのか。それともテレビかなにかで覚えたのか。いまとなっては確認のしようがない。


二年生になっても、ジュンと僕は同じクラスになれなかった。

マン研をつくろう。

そのアイディアを形にしなくては、またクリーニング屋のユウキに打ち負かされる。

動き出せないまま、気づけばもう五月の中頃だ。顧問だけでも決めておかねばならない。

職員室をうろついて、僕は社会科のスギタに目をつけた。二十代のサブカル系で、堅苦しいところもないし、なにより暇そうにしている。

顧問を頼むと、二つ返事で引き受けて貰えた。 ただし、部員は五人以上集めること。それが創部の決まりだった。 ジュンと、あと三人。 部員勧誘開始。


そもそも、マン研のない中学というのも珍しい。

ヘタクソなチラシを配っただけで、十人ほど集まった。ニーズはあったのだ。めでたく創部が決定する。楽勝じゃないか。

だが話し合ってみると、活動内容の認識に食い違いが生じ始める。マン研、つまり『マンガ研究会』の趣旨とは『マンガを研究』すること。イコール『マンガを描く』ことなのか。

描きたがらない生徒もいた。インプットかアウトプットか。

顧問のスギちゃんは「読むだけじゃ活動にならないよ」と言う。

アウトプット必須だ。未提出者が出ることを念頭に、冊子を発行することになった。


ジュンと僕は職員室のコピー機を借り、ホチキスとテープで冊子を綴じた。

ぜんぶで五作品。イラスト一枚という部員も二人いて、それは実に薄っぺらなものだった。

コマを割ったのは女子ひとりと、僕、ジュンのみ。

どこで入手したのか、女子は本格的な画材とスクリーントーンを駆使している。

ケント紙にサインペンで描いただけの僕らは、彼女に表紙と巻頭を任せた。


完成品をぱらぱらとめくる。

ジュンは「グルメマンガを描く」と言っていた。

実際にはレシピマンガだが、その内容はセンセーショナルだった。

タイトルは『目玉丼』。白米を炊き、熱したフライパンにバターを溶かし入れ、卵を割る。半熟で火を止めて、白米のうえに『目玉』を乗せる。最後に醤油をかけて完成。

シンプル。

「これ、美味いのか」

「あたりまえじゃん」

当たり前、なのか。

中学生の僕にとって、卵と白米がエンゲージするのはTKGにおいてのみ、だった。たまごかけごはん。生の溶き卵しか、ごはんに合わせたことがなかった。

そして、目玉焼きには塩と胡椒。ベーコン、サラダ、パンを添える。それが我が家のやりかただった。


こうあるべきとインプットされたら、他のやりかたは試さない。目玉焼きならナイフとフォーク。丼の出番はなかった。

描いたマンガも、ありがちな型をなぞった面白みのないものだ。

狭い場所で、ただ間違わないように既存の回答を繰り返す。 そういう僕の臆病は、いまも変わらない。

↑ 鮎:ぎゃ〜。


僕はセンセーションを密やかなものとして、ジュンには何も言わなかった。

帰宅して、台所に母親がいないのを確認し、目玉丼に挑戦する。なるほど、これが醤油とバターの力。卵白も固まっていたほうが食べやすい。

僅かながら、僕がアップデートされた瞬間だった。


あの替え歌も、加工肉で構わないのだ。

ジュンの自由で柔軟な発想力。いまでも羨ましく思う。

大袈裟な話になるが、目玉丼は突破口だった。とりあえずは試行錯誤に足掻いてみる。


岩崎君に訊いたら、彼も『目玉焼きには醤油』だったそうだ。マイノリティーは僕のほうなのかな。

自分で気づかないまま少数派に属するっていうのは、なにかと厄介だったりする。変わり者と見られてしまう。

だが、この二ヶ月。ジュンのことを思い出すうちに「それでもいいんだ」と思えてきた。

画像は、狩野川の鮎と天城の山葵です。鮎が不憫に見えますが、美味しく戴きました。

伊豆は良いところです。酒井。

Subcelebrity Race ~サブセレ

有名じゃないけど、ググられたら正体バレる。 そんな、セレブ(有名人/著名人)でもなく、無名でもない『サブセレブ』たちがお送りする 〝超完全娯楽サイト〟────サブセレ。 映画/ドラマ/音楽/アニメ...なんでもレビュー!そして、創作活動あれこれ!是非ともご閲覧&ご参加ください。

0コメント

  • 1000 / 1000