東京、恵比寿の端っこ、小さなあばら屋。
ほんの一年前まで、ここに佐久間家の父、長女、長男が暮らしていた。
しかし、今は姉弟ふたりきり……。
ほんの二年前まではと言うと、一家は芦屋の豪邸で暮らしていた。
母親は若くして病気で亡くなった。長女の未散(24) が7歳の頃だ。未散は母親代わりとして弟の馨(19) を立派に育てようと、身の回りの世話や躾をしてきたつもりでいるが、いつもなんとなく間違っている。
馨は度々、姉の言葉を鵜呑みにして学校で恥をかいていた。いつからか「ねえちゃん、それはちゃうやろ」と、未散が馨から教わることが多くなった。
ついには、『ねえちゃん』は『ミチル』と呼び捨てになった。
未散は有名女子短大を卒業し、23歳になった。見合い相手との交際も順調で花嫁修行を始めていた。相手は父・和明(53) が役員をしていた会社の社長令息、東條 政宗(27)。ケチのつけようのないハンサムでインテリジェンス溢れる青年だが、どうも馨は政宗を好きになれない。
「お父ちゃんのためやで、どーせ他に好きな男もおらんし」未散は馨を窘めた。
そんなある日、事件が起きた。
いつものように和明はハイヤーで会社に向かった。ところが水道管破裂のため道路が封鎖。取引先との重要な会議があり、急いでいた和明は渋々地下鉄に乗ることにした。
「地下鉄なんて、何年振りやろ」
そう思いながらホームを歩いていると、化粧を直している女子高生グループに行く手を遮られた。
「ホームを塞ぐな、こんなとこで化粧しよって……非常識やないか」注意する和明。
女子高生の一人が「あのオヤジめっちゃムカつくわ」と呟く。電車に乗り込むと和明は女子高生に囲まれてしまった。
朝の通勤ラッシュ。混み合った車内で女子高生が叫ぶ。
「このおっちゃん、うちの尻触ったでー!!」「うちも見た!」「チカンやー!」
略式裁判となったが、和明の無実は証明されなかった。
解雇された和明は未散と馨を連れて、再就職のため東京に移り住む。
それが、恵比寿の端っこの小さなあばら屋。和解金を支払い、退職金も下りずじまいだったが、豪邸を売った金で家族3人暮らしていくことができた。
正義感の強い馨は弁護士を目指していたが、今回の和明の『冤罪事件』で、より一層決意を強くした。それは一家の希望でもあったので、苦しい家計から学費も確保しなくてはならなかった。
「気持ちだけでも明るくな」
未散があばら屋の壁をピンクの壁紙に変え、レースのカーテンを飾った。結婚話は破談となったが、落ち込んだ様子はない。
「うちも料理くらいするわ」
ところが。
未散が家で煮物を焦がしていた頃、受験間近の馨が予備校にいた頃、緊急の連絡が入った。
昔のツテを頼りに面接を受けていた和明が、ホームから線路に飛び込んだと言うのだ。何本もの面接に失敗し、過去の栄光を失い、辱めの言葉を受けての投身である。
病院に駆けつけた未散と馨は、青ざめながら医師の診察を待った。
不幸中の幸い。電車が駅に近付いていなかったため、和明はかすり傷を負っただけであった。胸を撫で下ろす姉弟。
しかし…… 電車1両を1分間止めると2千円の罰金。10両編成の電車が35分間停止して70万円。後続の電車が10本止まって700万円。上下線会わせて1400万円。これほど多額の罰金が科せられたのである。
「自殺しよ思て、なんで電車が来いひんタイミングやの!? おもろいわ」未散が笑う。
「笑うとこやないやろ」馨がツッコむ。
「なんにせよ、無事でなによりや」
未散に深刻さは微塵もなかったが、和明は俯いていた。
『これほど大変なことをしでかし、とてもおまえたちに合わせる顔がありません。必ず再就職して金を送ります。姉弟、仲良く暮らすように。すまん』
馨が和明の書き置きを見つけたのは翌朝のことだった。
「おとんも悪怯れることないのになぁ」
さすがの未散も少しションボリしていた。
「逃げたんやろ」すかさず馨がツッコむ。
すぐに顔を上げる未散。「とにかく……」
「馨が夢、諦めることない!うちがなんとかする」
こうして、馨の弁護士となる夢を叶えるため……未散はキャバクラ嬢となった。 源氏名は『ミフユ』。
「21歳でーす☆」
つづく
リズです♪ すんません、簡潔さと解りやすさが命のプロットなのですが、23Pにも及ぶんです。干支が一周するくらい昔に書いたもので、設定が古かったり、あちこち稚拙だったり(´∀`;;
ご容赦ください!
0コメント