未散がキャバ嬢になってから、一年。
炊事、掃除、洗濯、ゴミ出し……大学生になった馨は大忙しだった。
合コンもすっぽかし、下校を急ぎ、夕飯の買い出しに寄る。早めに夕飯を出さなくては未散の出勤に間に合わない。
「売れっ子になったるでえ〜」の言葉通り、未散はその愛嬌と美貌でナンバーワンへと登り詰めようとしていた。
「ミフユちゃんはキレイなのに大ざっぱな性格で。そのギャップがイイんだよな」
と、指名数もうなぎのぼり。
それを良く思わない者もいる。先輩キャバ嬢・アヤノ 22歳。本名は中澤芽衣 (メイ/ 25)。芽衣は未散が入るまで揺るぎないナンバーワンの座に君臨していた。壮絶な客の奪い合いが始まる。
客にボトル一気飲みを強要された未散は、やんわり断ろうと四苦八苦していた。その男は大手銀行の業務部長で、毎回大金を落としていく。
「なんだ、キャバ嬢のくせに。飲むのが仕事だろ!」
そこに芽衣が現れ、未散からボトルを掴み取って飲み干してしまった。男は大喜びである。
「アヤノちゃんイイ飲みっぷりだねぇ!決めた、これからはアヤノちゃん一本だ!」
上客を逃しかねないピンチを救い、フロアマネージャーも芽衣を大絶賛。勝ち誇る芽衣。
未散はというと、肌寒いなかでのチラシ配りや、ショボい一見さんのサポートばかりに回されるようになった。
芽衣の扇動でキャバ嬢仲間らにも邪険にされ、ひとり帰宅する。
履き慣れないハイヒールで靴擦れも酷い。
「コンビニで夜食、買うて。熱い風呂はいって。ジャージーで寝よか……」
と、近所のコンビニに入るとタチの悪そうな男がいる。
「おねえさん、どちらでお勤め? 指名しちゃおうかな」
少々ひるむも笑顔で返す未散。
「ぜひお願いしますぅ」「じゃあ、今すぐお相手してよ」
振り切ろうにも相手は酔っていてしつこい。店員の葛西善光 (37)もオドオドするばかりで、どうしていいかわからない様子。
「うちのねえちゃん、疲れてるんで。離してもらえます?」
振り返ると、馨が男の肩を掴んでいる。男は逆上して「表に出ろ!」と、馨の胸ぐらを掴んだ。
『馨が危ない』……そう思うと未散に力が漲る。
「なんや、このエロ親父! 馨に手ぇあげよったら警察呼ぶで!! キャバ嬢かてプロや、店来て金払えや!! 世の中カネじゃ!ボケカスが!!」
凄まじい剣幕でまくしたてた。男は舌打ちをしながら退散。
興奮冷めやらぬ未散は、善光にも矛先を向けた。
「おまえもカネもろてそこにおるんやろが! あないなヤカラ追い出さんでどないすんねん。しょーもないアホ店員が!」
善光は面食らっている。
馨が「すんません、この次はようしたってください」と、会釈して未散を連れ帰った。
家に帰ってから、未散は泣きじゃくっていた。
「泣くなや。俺が迎え行って、なんも起きんかったんやし」
「なんも? あんなんサイテーやん。うち、変わってしもた? 昔のミチルとちゃうやん」
「しゃあないやん、もうお嬢やないんやし……。 けどな。ミチルはミチルや」
「無理せんでええわ。こないなねえちゃん、イヤやろ」
『そんなわけない』──その言葉の代わりに、馨は膝を折って未散の顔を覗き込んだ。
「なぁ、ミチル。……髪の毛、洗ったる」
「髪の毛?」
「ミチル、よう言うてたやん。ちっさいころ母ちゃんに髪の毛洗ってもらうん、サイコーに気持ち良かったって。俺が洗ったる」
レトロなタイル張りの風呂場。ジャージのまま浴槽に入った未散が頭を出して、馨が髪を洗ってやる。
「巻き髪て、めっちゃ汚れる。ああ、くすぐったいわ!」
「がまんしーや」
「長いこと美容院、行ってへんし。なんや人に洗ってもらうん緊張するわ」
「なにを緊張するん? 弟やろが」
「弟やから緊張するんやっ」
洗い髪のまま、未散はすやすやと眠った。
翌日は、最高の笑顔で出勤することができた。
数日後。講義を終えて教室を出ようとしていた馨を「あの〜」情けない声が呼びとめる。
振り返ると、爽やかなポロシャツ姿のコンビニ店員・善光。
「えーと、どちらさんでしたっけ?」
「近くのコンビニの……」
「ああ、あんときはどーもすんませんでした。ねえちゃんが乱暴なこと言うて」
「いえいえ、とんでもない! 僕もお姉さんを助けてさしあげられず……情けない」
「うちのガッコになんの御用ですか?」
「あはは、恥ずかしいな。僕、生徒です。偶然ですねぇ、同じガッコ。いい歳してオカシイでしょ。弁護士になりたくて。オカシイよね」
「いや、そんなこと……」
「ところで、お姉さんはカレシとかいるのかなぁ、なんて。イヤだな、オカシイよね」
「いや、そんな…… って、えぇッ!!?」
つづく
リズです♪ これ実は『キャバ嬢の姉と弟』という設定は、現場からのご指示でした。
キャバで働いてる友達は3人くらいいたんだけど。その子が名門女子高に通ってる頃に知り合って、よく話した子がいて。〝一気飲みの強要〟とかは彼女から聞きました。5歳くらい下だったかな……頭のいい、すっごく可愛い子でした。
ブッたまげるような話も色々聞かせてもらったんだけどさ。地上波じゃムリって内容で。
もっと親身になってあげるべきだったよなぁ。
ほんっとーに関西弁がデタラメで、申し訳ないっすm(_ _)m
関西人の友達も3人くらいいたんだけど監修は頼めなかった(´∀`;;
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