先週から何気にoff日が多かったので、読書 → お茶の代わりにビール → うたた寝 → ハッと目が覚める → 読書 → お茶の代わりにビール → うたた寝 → … loop という自堕落な生活をおくっていました。すっかり「ギラギラ」感がなくなってしまい、「無能の人」みたいになってしまいましたが、来週あたりからボチボチ頑張ろうかなと思ってます。あっ、どうも岩埼(♂)です。
今回ご紹介させていただく本は、春日太一さんが奥山和由さんにインタビューして書き記した【黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄】(文藝春秋)という本です。
「奥山和由って誰だっけ?」と思われた方もいる事でしょうが、「初期北野映画をプロデュースした人」といえば「あ〜、あの人ね」となるのではないでしょうか。
また、一般的に黙示録といえば【ヨハネの黙示録】を思いうかべる人が多い事でしょうし、映画ファンなら【地獄の黙示録】を思い起こすのではないでしょうか。
ですので【ヨハネの黙示録】【地獄の黙示録】と区別するために今回の本は【春日の黙示録】とよばせていただきます。
「いやいや、奥山の黙示録だろ!」とツッコミを入れる方もいる事でしょうが、【ヨハネの黙示録】同様に記述者の名前を取らせていただきます。
【ヨハネの黙示録】はヨハネ(使徒ヨハネとは別人)がキリスト教的終末世界を幻視し、書き記した書物です。後に “人類最初のベストセラー” 新約聖書の聖典に組み込まれた事で世界的メジャーに昇り詰めました。
【地獄の黙示録】はJ・G・フレイザーの【金枝篇】をモチーフにして作られた戦争映画(監督はコッポラ)というのは結構有名な話ですが、「金枝篇とは一体なんぞや!」という方もいる事でしょうから簡単に説明させていただきますと、「森の王は殺されなければならない」「森の王になれるのは逃亡奴隷だけである」「森の王を殺す資格を有するためには、逃亡奴隷は金の枝を持って来なければならない」というテーゼの考察から始まり、未開社会の神話・呪術・信仰を研究した人類学の古典です。
それでは【春日の黙示録】とは日本映画の終末予言の書なのか? と思われる方もいる事でしょうが、違いますよ〜。
では一体どのような本かといえば、奥山さんがご自分でプロデュースしてきた映画に対しての情熱と狂気、映画会社に対する思い、そして日本映画の未来について語り尽くした内容濃い目の激白本なのです! マジで濃いです! 深作欣二監督との関係なんかBL感さえ感じさせます!
すでに読んだ方ならお気づきでしょが、奥山さんがプロデューサーとして映画界という大海原へ出航したのは2つの出航地点があります。【凶弾】と【海燕ジョーの奇跡】の2本です。
【凶弾】でデビューし、【海燕ジョーの奇跡】で映画界で注目され認知される事になったのです。
しかし、大海原へ出た奥山さんには数々の難題・難問があったり、裏切りがあったりで、とても順風満帆なセイリングとは言い難い状態だったのです…。
そんな荒海の中、奥山さんは良い監督やスタッフ、出演者と共に数々の障害をクリアし、数々のヒット映画を世に放っていきました(もちろんスベッた映画もあるが)。
そうなのです。【春日の黙示録】は奥山さんが大海原に出て数々の難題をクリアして成長していくという「ヘラクレス型神話」として読むことができるのです。
その後、数々のヒット映画をとばした奥山ヘラクレスは「ファンド」という名の「金の枝」を手に入れる事になりました。
そうです、それはアウトローが、旧態依然とした森の王(映画会社)への挑戦資格(組織内改革)を手に入れた事に他なりません!
映画作りの新時代は近いぜよ! そう思われていたのですが…。
その時すでに数々の「地雷」を踏みまくっていた奥山ヘラクレスは「サヨウナラ」を迎える事に…。
しかし、春日さんはインタビュー中『「これから」をいつも考える奥山がいた』『あのギラつきと鋭さが、変わらずあるように思た』と感じています。
また、一ノ瀬泰造さんのご両親、ビートたけしさん、ショーケンさん、内田裕也さん、樹木希林さんなどとの爆笑エピソードやちょっとホロッとくるエピソードもこの本の魅力です。なんといっても内田裕也さんのデタラメっぷりは腹を抱えて笑わせていただきました。そんな感じでエピソード集として読んでも面白い本だと思います。
おそらく映画作りにはまだ希望が残されているのでしょう。またいつかギラギラする日のためにね ٩( ‘ω’ )و 。
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