酒井です。
ジュンと僕がほんとうに親しかったのは、十歳〜十五歳までの五年間に過ぎない。
だけど間違いなく、ジュンは『僕の人格を造ってくれたひと』のひとりだ。ここでは、ジュンとの思い出を綴っていこうと思う。
僕の記憶はほんものだ。しかしながら、ジュンという人間はフィクションと捉えてほしい。
「世のなかカネだ!人間なんて信用するものか!」
ジュンが唐突に叫んだ。僕は度肝を抜かれた。確か、小学五年の三限の休み時間だった。
いったいなにがあったのかジュンに尋ねると「こち亀の両さんのセリフだ」という。なるほど両津勘吉なら言うだろうと、僕は納得した。しかし、なぜ。なぜジュンは、このセリフをピックアップしたのだろう。
たった五分間の休み時間に発せられた、一行足らずのセリフ。
それが、おとなになってから度々脳裏をかすめる。
Wikipediaで『両津勘吉』の項目を覗くと、彼がこれまでにやってきた暴虐の数々、その未曾有のスケール、巨額の儲け話と空前絶後の損害、読んでいて飽きない。
カリカチュアライズすれば、現実の世界にも彼のような博徒はいるのだろう。
たまに、ほんとうに思う。「世のなか、カネだ」と。
ほんのときどき、感じる。「人間なんて信用するものか」と。
きっとジュンは、こんなセリフとは無縁の人生を歩んでいると思う。
両津勘吉の根底にある『人情』と『正義』。そっちのほうが、ジュンには似合っていたから。
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