晴れた休日。ふたりはレンタカーを借りて江ノ島に出掛けた。
「ほんまに大仏さん見られるんやなぁ」
はしゃいでいる未散。馨は鎌倉の目抜き通りで縦列駐車にチャレンジする。
「ああーぶつかる!ぶつかるで!」
「うっさいなー。集中してん、騒ぐな!」
こればかりは未散の言った通りになった。後ろのポルシェに軽く当ててしまった。
ポルシェのなかでは、IT社長の丸山 英司(35) が銀座のマダム・蓉子(42)とイチャついていた。英司は車体が少し揺れて、前の軽自動車がポルシェに接触したことに気づいた。双方が車を降りる。
「困るなぁ。先週、納車したばかりなんだけど」
「すんません。先週、免許とったばかりなんです」
馨が頭をさげる。
「ああ、傷になってるね」 英司が指差すが、目で確認できないほど。黙って聞いていた未散だが、ポルシェから数センチに顔を近づけて
「どこですか、傷なんてありませんやん」
言い放った。
「キミ、ぶつけておいて開き直る気?」
カチンとくる英司。慌てて蓉子が「まぁまぁ。いいじゃない、英ちゃん」英司をなだめる。
「これからは気をつけてちょうだいね」
蓉子の色っぽい仕草にポーっとなる馨。ますます英司はカチンとする。
「蓉子さん、こういうことはキチンとしなくちゃ。車検証、見せて。おまわりさん呼ぼうか」
「そんなんせんでええやん。馨も謝って、蓉子さん許してくれはったやん」
「キミ、それがポルシェにぶつけた人間の態度?」
「せやから、これは馨が悪い。けど謝って、蓉子さんはそれでええっちゅうてんやんけ」
「謝って済む問題じゃないだろ! だいたいコレは蓉子さんの車じゃないんだよ!」
ムッとする蓉子。
「英ちゃんたら……ずいぶん大人げないのね」
「キミだって簡単に『いいじゃない』って、そりゃないだろ!1500万だぞ!」
「あんた金持ちやろ。ポルシェ買うたんやろ。1500万ちゅーたら、おとんの借金返せる額やで!うちはその1500万のために身ぃ削ってキャバで働いてんねんで!」
「ミチルおさえて、俺がぶつけたんやから」
「馨はいらんこと言わんでええ! なんで金持ちに金たかられなあかんねん!」
「金をたかる…?…… アハハ、キミ、ちょっと面白いね。キャバ嬢なの? どんな店がキミみたいなコを雇うんだろうねぇ」
「渋谷vanillaの売れっ子や! あのくされアヤノがおらへんかったらナンバーワンのミフユちゃんや!」
「ミチル、いらんことゆーな! 破滅させられる!」
少し感心する英司。「へぇ〜。で、こちらの彼氏はお客さん?」
「彼氏やない。うちの自慢の弟や! 将来はテレビでひっぱりダコの弁護士さんになるんやで。裁判であんたをギャフン言わしたるわ!」
今度は蓉子が感心する。「あら弁護士さん?」
「ふぅん、よく解ったよ。それじゃぁキミの店に取り立てに行くとしよう」
「来れるもんなら来てみぃ! 塩まいたる!」
笑いながらポルシェに戻りかけて、振り返る英司。
「それからね。キミ、ナンバーワンになれると思うよ」指でバキューン☆
「うわっサブ! なんやアイツ!」身震いする未散。
「どないすんねん、おーごとやで」違う意味で身震いする馨。
ポルシェの車内では蓉子がむくれている。
「ヒドイわ、英ちゃん。あんなお嬢ちゃんと浮気する気なの?」
「退屈しのぎだよ。あのテの女ってどーにも……グッとくるね」ニヤッとする英司。
江ノ島を散策し、海鮮丼を食べ、鎌倉で大仏を見るふたり。
さっきのトラブルなど、どこ吹く風。はしゃぎまくる未散。はじめはブルーが抜け切らなかった馨も次第に日帰り小旅行を楽しみだす。
帰りは大渋滞。ふと横を見ると、眠りこけている未散。
「しょーもないねえちゃんやなぁ」微笑む馨。
と、そこでパクッと起き上がった未散が
「オシッコ!オシッコしたい! 馨、オシッコさせてーな!」
「……ほんまにしょーもないミチルや……」呆れる馨。
レンタカーを返し、家に帰り着くと、門前にうずくまる人影。
「誰かおるで。茉莉花やろか」
「いや、男や」
「いつかのコンビニの酔っ払いやろか!? どないしよ」
「いや……それよか、いつかのコンビニさんかもわからん……。なんや今日サブいことばかりや。ミチルのせいやで」
「コンビニさんってなに?」
男の影が立ちあがる。満面の笑みで手を振っている。善光である。
「あかん……やっぱりコンビニさんや……」
つづく
リズです♪ 男の人って、車の傷に敏感ですよね。「ぶつけた」「ぶつけてない」は、いろんなシチュエーションで何回か繰り返しました。
「降りるときに助手席のドアをガードレールに当てただろ」とかって、傷になってないんだからイイじゃんって思うんだけど。
ちなみに、当たり屋に当たっちゃったこともあって。「警察呼ぶぞ」と言われたから「呼びましょう」って通報したら逃げてったんだよね。みんなも気をつけて!
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