ガザ侵攻のニュースをテレビで見るたびに、どうも胃のあたりがキリキリするもんです。僕の胃が特別に弱いというわけではないのですが、映像を見ていると体の奥で嫌なスイッチが入ってしまうような感覚があります。
かつてショーペンハウアーは、「世界は意志のあらわれだ」なんて言ったもんです。その言葉に頷きたくなる一方で、その〝意志〟が暴力の方向へと傾くとどうなるか。答えは簡単で、みんなが苦しむのです。いまガザで起きていることは、その典型的な〝意志の暴走〟だといえるでしょう。飢餓も爆撃も封鎖も、すべて人間の都合から生まれているわけですから、なおさらやりきれないのです。
『火垂るの墓』のような戦争文学を思い出す人もいるかもしれません。あの種の物語は「現実なのに現実じゃないように見える」感覚を与えます。ガザの映像も、あまりに過酷で、逆に寓話や小説の一場面のように見えてしまいます。しかしもちろん、それは物語ではなく、僕たちと同じ時代に起きている現実です。そこにこそ恐ろしさがあります。
ショーペンハウアー的に言えば「理性で意志を抑えなさい」という話ですし、文学的に言えば、過去に無い大量殺戮を目の当たりにして「現実が小説超えちゃったよ」って状況。だからこそ国際社会も「イスラエルの暴虐を止めろ」と声を上げるのでしょう。
結論として、この状況を本気で望んでいる人は決して多くないはずです。しかし、意志が暴走すると物事は簡単に歪んでしまいます(日本では差別主義やヘイトとして意思が暴走していますね)。だからこそ私たちは、この惨状をただのニュースとしてスルーしてはいけない。人間としての想像力や倫理をどう保つか、どう社会参加するかを真剣に考えなければならないと思います。
ちなみに、チャーリーは、そんなことなどお構いなしにソファの上で丸くなって寝ています。チャーリーにはチャーリーの意志があるのでしょう。
あっ、どうも岩崎(チャーリーの飼い主)です。
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