世の中には、かっこいい言葉というものがありますよね。例えば、アメリカの小説家レイモンド・チャンドラー作の探偵、フィリップ・マーロウが放った、あの名台詞。
「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」
……はい、出ました。とてもかっこいいのですが、これは現代日本にもズバッと刺さる言葉だと思います。
これを今の日本に当てはめてみると、思い当たる団体がありますよね。参政党など、いわゆる〝声が大きい人たち〟です。彼らのしていることは、「強さ」ではなく、ただの「強がり」に見えませんか。安っぽいプロレスのような強がりに。
敵を作って叩けば「俺たちは強い!」と錯覚できるのかもしれません。しかし、それは本当の強さではありません。むしろ「自分に自信がない人ほど他人を攻撃する」という、教科書に載せたいくらいの典型的なアホパターンです。
そして肝心の「優しさ」はどこにいったのかと思うと、驚くほど欠品中です。デマや差別や非科学的な発言を繰り返し、まるで「優しさ絶滅計画」でも進行しているかのように見えます。
つまりチャンドラー的に言えば、彼らは「生きてはいけるけれど、ただ生きているだけ」というポジションにいるわけです。本人たちは気づいていないのでしょうが、気づいていないからこそ厄介なのかもしれません。
政治とは本来、「みんなで生きやすい社会をどう作るか」という話のはずです。けれども「強い言葉」と「敵探し」ばかりでは、結局ただの弱さの裏返しにしかなりません。そこに優しさがなければ、未来はしょっぱいものになってしまいます。
政治に必要なのは、優しさを基盤にした強さです。怒号やデマではなく、理性と共感です。しかし、それを理解できない人たちは、きっとこれからも「強さの勘違い」を続けるのでしょう。
最後にもう一度、マーロウの言葉を借ります。
「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」
この言葉を聞いてムッとするなら、その時点で図星なのです。あっ、どうも岩崎(チャーリーの飼い主)です。
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