にゃんにゃん探偵チャーリーの冒険   ~エクリチュール~・第5話『文化』

 例えば中国の歴史を振り返れば、過去に幾度となく征服王朝が打ち立てられてきました。モンゴル民族による「元」、満州族による「清」など。それでも、それらは征服民族の国には塗り替えられず、中国は中国であり続けました。その理由は明白です。彼らが文化、すなわち自らのアイデンティティを形成する強固な〝テクスト〟を何よりも大切にしていたからです。

 ギリシアもまた、アレクサンダー大王やオスマン帝国に征服された過去を持ちますが、アートや哲学といった文化の核が揺るがなかったゆえに、ギリシアはギリシアのまま存続しています。

 つまり、文化という重層的なテクストを持つ国は、歴史の荒波の中で必ず《残る》ということです。

 古代メソポタミアの国々は、後にイスラム勢力が拡大すると、一度は「歴史」という名の砂漠に埋もれ、忘れ去られました。宗教という強大なノモスの下で、過去の栄光は消し去られたかに見えたのです。

 しかし、楔形文字が刻まれた大量の粘土板が発見されたことで、それらは再び歴史の表舞台へと召喚されました。記録という名のテクストが残されていたからこそ、彼らは忘却という名の〝死〟を免れたのです。

 翻って、昨今の日本政府の舵取りに目を向ければ、図書館や美術館を統廃合し、博物館の資料を破棄するなど、文化を蔑ろにする方針が顕著です。テクストは読まれることで初めて意味が生成されますが、現在の日本で起きているのは、読むべき対象そのものを物理的に抹消する行為ではないでしょうか。

 いかに軍事力を強大にしたところで、文化というテクストを軽視する国家は内側から衰退し、やがて歴史の中に埋没していきます。一秒でも長く「日本」という国号を後世に繋ごうと思うならば、今こそ軍事よりも文化に、すなわち後世へと手渡すべき〝アルシーヴ〟に重きを置くべきです。

 文化の守り手は、必ずしも人間だけとは限りません。我が家のチャーリーが、古びた本の上で丸くなって眠るその姿さえ、私には一つの静かな「テクストの防衛」のように見えるのです。あっ、どうも。岩崎(チャーリーの飼い主)です。

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